2020-07-02

2020-05-15

第1章 対句

ダンマパダ:真理の言葉


心理現象※1は心意※2を先行させ(てから苦楽を起こし)ている。心意が最高(の要因)であり、(苦楽とは)心意から作られたものである。(そうであるから、)もしも汚れた心意で話したり行ったりするのなら、その者には苦しみが付きまとう。(牛の)足跡に付いていく(牛車の)車輪ように。
※1 ダンマ(法):真理、道徳、正義、教義、習慣
※2 マナス(意):思惟器官、意向、意志、思考、想念、マインド

心理現象は心意を先行させ(てから苦楽を起こし)ている。心意が最高(の要因)であり、(苦楽とは)心意から作られたものである。(そうであるから、)もしも清らかな心意で話したり行ったりするのなら、その者には安らぎが付きまとう。(どれほど逃げても)離れない影のように。

「あいつは私を罵った。あいつは私を傷付けた。あいつは私に打ち勝った。あいつは私から奪った」このように誰かを恨むのなら、その者たちの恨みが静まることはない。

「あいつは私を罵った。あいつは私を傷付けた。あいつは私に打ち勝った。あいつは私から奪った」このようには誰も恨まないのなら、その者たちの恨みは静まる。

事実として、この世界では決して、恨みによって恨みが静まることはない。しかし、恨まないことによって恨みは静まる。これは永遠の真理である。

しかし(私の)他の者たちは(この真理を)理解しない。しかしそこで(この真理を)理解する者たちは「私たちはここで(恨みを)自制すべきである」と自制するであろう。そうであるからこそ(その者たちの)争いは静まる。

(感覚器官により知覚する物事を)清浄であると見なして暮し、感覚器官を抑制せず、食事の節度を知らず、怠惰で、不精な者。悪魔はその者を制圧する。風が弱い樹木を倒すように。

(感覚器官により知覚する物事を)不浄であると見なして暮し、感覚器官を抑制し、食事の節度を知り、(真理の教義への)信心があり、精進をしている者。悪魔はその者を制圧できない。風が岩山を吹き飛ばせないように。

(心の)汚れを除いていないのに法衣である袈裟を身に着けようとする者は、自制と真実から離れている。その者は袈裟(を着る)に値しない。

10

しかし、(心の)汚れを除いており徳行によく専念している者は、自制と真実を獲得している。その者は実に袈裟(を着る)に値する。

11

真実ではないものを真実であるものと思いなし、真実であるものを真実ではないものと見なす者。その者は誤った見地によって真実に達しない。

12

しかし、真実であるものを真実であると知って、真実ではないものを真実ではないと知る者。その者は正しい見地によって真実に達する。

13

ちょうど粗雑に葺いてある家屋には雨が流れ込むように、修められていない心には(快楽に囚われた)貪愛が流れ込む。
※ 下記に用語解説。

14

ちょうど綿密に葺いてある家屋には雨は流れ込まないように、綿密に修められている心には(快楽に囚われた)貪愛も流れ込まない。
※ 下記に用語解説。

15

悪いことをした者は、ここで憂え、死後も憂え、2つのところで共に憂う。その者は、自分の汚れた行為を見て、憂え、悩まされる。

16

(善いことをして)徳を積んだ者は、ここで喜び、死後も喜び、2つのところで共に喜ぶ。その者は、自分の浄らかな行為を見て、喜び、満たされる。

17

悪いことをする者は、ここで苦しみ、死後も苦しみ、2つのところで共に苦しむ。「私は悪いことをしました」と苦しみ、悪いところ(地獄など)に赴いて更に苦しむ。

18

(善いことをして)徳を積んだ者は、ここで楽しみ、死後も楽しみ、2つのところで共に楽しむ。「私は(善い)徳行をしました」と楽しみ、善いところ(天国など)に赴いて更に楽しむ。

19

たとえ多くの教えを語ろうと、汚れた心を放って遊び怠け、(教えを)実践していない者は、他者の牛を数えている牛飼いのようなものであり、修行者としての成果はない。

20

しかし、もしも少しの教えしか語らなくても、真理の教えに従いそれを実践する者は、(3種の煩悩)貪愛、憎悪、誤謬を捨てて、正知と、よく解放された心を備え、この世にもあの世にも執着していない。その者は修行者としての成果がある。
※ 下記に用語解説。


第1章 解説

「対句」と題されているように、ブッダが説いた言葉の中から「対になっているもの」を主に取り上げています。第1章に限らず、ダンマパダには対句となっているものが多いです。

要点
苦しみが起こるのは、汚れた心に基づいているというのが真理です。汚れた心とは、「真理を誤解する心:誤謬」と、それを因として起こる「憎/愛へ執着する心:憎悪/貪愛」の3つの「有害な心:煩悩」のことです。この真理を聞いたなら、真理を信じ、あるいは真理を理解し、真理に適った徳行を実践し、この3つの煩悩「貪愛、憎悪、誤謬」を取り除く努力をし、汚れた心を浄めなさいと説いているのでしょう。

用語説明

煩悩:

『私』を悩み煩わせる心の作用。「ぼんのう」と読む。「汚れた心、悪い心」などに加え「悪魔」とも示されている。

貪愛:

快楽を欲し愛する心の作用。快楽への執着。「とんあい」と読む。煩悩の1つ。仏教では「貪欲(とんよく)」とも訳され、「欲する心、求める心、愛する心、好む心、貪る心」などを示す。

憎悪:

苦痛を恐れ憎しむ心の作用。苦痛への執着。「ぞうお」と読む。煩悩の1つ。仏教では「瞋恚(しんに)」とも訳され、「恐れる心、避ける心、憎む心、嫌う心、怒りの心」などを示す。

誤謬:

真理を理解せず、誤った見方をする心の作用。「ごびゅう」と読む。煩悩の1つ。仏教では「愚痴(ぐち)」とも訳され、「誤解する心、誤見する心、愚かな心、主観的に妄信する心」などを示す。
※ 広義においては根本誤解である「無明」を示す。

正知:

真理を理解して、正しい見方をする心の作用。「せいち」と読む。非煩悩。仏教では「智慧(ちえ)」とも訳され、「正解する心、正見する心、賢い心、客観的に観察する心」などに加え「清らかな心、善い心」も示す。
※ 広義においては根本正解である「明知」を示す。

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