2011-12-29

一歩

気ままの雑記から習う

今年も残すところあと3日となりました。みなさまいかがお過ごしでしょうか。そしてみんさまにとって今年一年はどうのような年となったでしょうか?

私自身といえば、引っ越しをし、ホームページを作り、こうして書き綴ることを始め、小さくも自分のヨガ教室を始め、早朝クラスも始め……その他色々。起点となる年となりました。

今年は本当に色々なことが起こった年でした。それでも私たちができることというのは、いつでも同じで、今、目の前にある一歩を踏み出していくこと…………ということで今回は、”一歩”についてのお話をしたいと思います。

過去の自分を許す

踏み出してもいない未来を恐れることを止め、今できる一歩へと心を向ける。もう踏み出した過去のことを後悔することを止め、今できる一歩へと心を向ける。過去のことは、もうどうしようもありません。起きたことはもうどうしようもありません。後悔それは……『過去の自分を責めている』ということです。もう責めることは止めて、そんな過去の自分を許してあげましょう。小さく弱かった自分を慰めてあげましょう。

「あのときはあのときで、精一杯やれることをやって生きていたんだよね……」
「もうこれからは、あのとき起きたことをどうにかしようなんてしなくていいよ……」
「今の自分のために、あのときから今までずっと頑張ってきてくれてたんだね……」
「そんなこと知らなかったんだ。ごめんね。ありがとう。」

滴

きっときっと涙が溢れてくることと思います。。。そうかといって、過去の自分を責めている自分に気がつかない人もいるかと思います。私は長年気がつきませんでした(最近になって気がついたんですから)。私の中には、人生がそれなりにけっこう楽しいんだけれど……なんとなく心の中にシコリがあるという感覚。いつも元気で疲れ知らずなんだけど……なんとなく心がナニカに覆われているような感覚がありました。ひょっとしたら私のこの感覚は、過去の自分を責め続けてきたことによるものが大きく影響していたのかもしれないなと、今の私は「思って」います。

過去を振り返り、自分の中で頑張り続けている小さな自分がいないか探してみてください。そしてもしも見つかったのなら、慰めてあげてください。小さな自分は、いきなりは癒されないかもしれません。ですがきっと、少しずつ少しずつシコリが溶けて、覆っていたものが剥がれ、目の前がより明るくなり、世界がより輝いたものとなり、人生がより軽く楽しいものへと変わっていくと、今の私は「感じて」います。

自分の身に起こることに対する解釈

『自分の身に起こることは、自分にとって必要な体験であり、そこから「人生の宝物」にもっと気づくことができる』と解釈をしてみる。それは過去を後悔する思考君の働き静め、そして未来を不安に思う思考君の働きも静めてくれます。それは過去を受け入れ、未来を受け入れ、そして今を受け入れることを容易にしてくれるということです。

世の中には、病気になったり事故に遭ったりすることで、生かされていることへの感謝、周りの人々に対する感謝が湧き、今まで気づくことのなかった生きていることの素晴らしさを感じられる人もたくさんいるようです。


『必要なときに必要なことが起こる』


です。起きた過去を後悔せず、起こる未来を必要以上に恐れることがなくなればきっと、もともと自分の中にある生きようとするエネルギー(気)がより流れだし、次の一歩を踏み出す元気と勇気が湧いてくることでしょう。

一歩踏み出す

2012年、みなさまが元気よく一歩を踏み出せますように!

心からお祈りをしつつ、みなさまのお役にたてるよう、今を一歩いっぽ踏みしめ、楽しんでいこうと誓う今日この日です。来年も何卒よろしくお願い申し上げます。こうして今年を締めくくることができるのは、みなさまのお蔭に他ならず、ただただ感謝です。

ありがとうございました!!!

素敵な年をお迎えください!

2011年12月29日 尾山広平


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