姿勢のバランス
前回までのレッスンでは、正しい姿勢の原理原則である"全体一致の原理"の中で"脚と骨盤の一致の原理"と"腕と背骨の一致の原理"に焦点を当ててお話をしました。今回はその原理を踏まえつつ、姿勢を調えるための最も重要となる"姿勢のバランス"について習っていきましょう。
1.姿勢のアンバランスとリキミ
姿勢とバランス姿勢を調える上で最も重要と言えるのが、前後左右のバランスを調えることです。なぜなら、前後左右がバランスしていなければ、全体が一致することは100%あり得ないからです。要するに、バランスの崩れた「アンバランスな姿勢」とは、100%全体不一致の姿勢であり、無理な姿勢になるのです。
アンバランスな姿勢を維持するためには、必然的に筋力を必要とします。つまり、アンバランスな姿勢においては、自然と筋肉はリキムということであり、それはつまり100%リキムということです。「リキミ」とは、勢力(流れとしての力)がぶつかり合うときに起こる身体の反応ですから、「リキんだ姿勢」=「無理な姿勢」と言えるのです。
絵図1.前傾姿勢
絵図2.後傾姿勢
絵図1のように前傾して拇指球に体重を乗せいると、身体の裏側の筋肉が自然とリキミます。逆に絵図2のように後傾して踵の後に体重を乗せていると、身体の表側の筋肉が自然とリキミます。つまり、身体の表裏の筋肉がリキマない場所が、身体が前後に傾いておらず、前後がバランスした姿勢ということです。
身体の裏側の筋肉(ふくらはぎ、腰~背中、肩甲骨、首裏など)がパンパンな人は、拇指球に体重を乗せて立つなど、前傾する習慣があるかもしれません。逆に身体の表側の筋肉(太もも表、腹、みぞおち、首表など)がパンパンな人は、踵の後に体重を乗せて立つなど、後傾する習慣があるかもしれません。
立位姿勢では、「ふくらはぎ」と「太もも表」は、ムキッの反応を実感しやすいため、初心者には前後のバランスが調っているかどうかを知る目安になります。
絵図のように身体全体の傾きだけでなく、上体だけの傾き、頭だけの傾きでも、やはり、筋肉は自然とリキミます。例えば、座った姿勢のときに、わずかでも前傾すると腰がムキッと硬くなり、わずかでも後傾すると腰がゆるっと柔らかくなります。反対に、わずかでも後傾すると腹がムキッと硬くなり、わずかでも前傾すると腹がゆると柔らかくなります。
自覚できない人は、腰の筋肉、腹の筋肉に触れながら前傾と後傾をしてみると、わずかな傾きで筋肉がリキムのを自覚できると思います。
● 坐法
2-46 座り方は、安定した、快適なものでなければならない。
2-47 安定した、快適な座り方に成功するには、緊張をゆるめ、心を無変なものへ合一させなければならない。
佐保田鶴治著『解説ヨーガ・スートラ』 P112 より
わずかにでも前後左右のバランスが崩れていれば、緊張をゆるめることは原理的に不可能であり、決して正しい座り方に成功することはないのです。
2.「傾」と「屈」の違い
2−1.傾
一般的なヨガ、体操では、前傾、後傾、側傾など「傾」の姿勢を多用しています。ですから否応なしに筋肉はリキミ、全体不一致の無理な姿勢にならざるを得ないのです。次の3つの絵図は拙著『ハタ・ヨガの修行法』の中で、前屈、後屈、側屈の過誤体位として示したものです。
絵図1.前屈の過誤体位
絵図2.後屈の過誤体位
絵図3.側屈の過誤体位
では、「鼠蹊」と「上体」に注目して一つずつ見ていきます。
① 前傾
絵図1は、正しい前屈姿勢ではありません。鼠蹊が後方へ移動した上体の前傾姿勢です。
一般的なヨガでは、「強く伸ばす体位(ウッターナーサナ)」などの途中に行われている姿勢です。
一般的な体操では、行われていませんが、更に上体を前傾させた姿勢で行われています。いわゆる「前屈」です。
② 後傾
絵図2は、正しい後屈姿勢ではありません。鼠蹊が前方へ移動した上体の後傾姿勢です。
一般的なヨガでは、「手を上に挙げる体位(ウールドゥワハスターサナ)」などで行われている姿勢です。
一般的な体操では、両手を骨盤に当てるなどして行われている姿勢です。いわゆる「後屈」です。
③ 側傾
絵図3は、正しい側屈姿勢ではありません。鼠蹊が右方へ移動した上体の左側傾姿勢です。
一般的なヨガでは、「月の体位(チャンドラーサナ)」などで行われている姿勢です。
一般的な体操では、両手を頭上で組んだり、下の手を骨盤に当てるなどして行われている姿勢です。いわゆる側屈です。
一般的に「○屈」と称されている姿勢にはどれも、「○傾」の要素が強く表れている訳です。もちろん、どれだけ天才的に身体を操作できようが、どれだけ無理をしないように工夫しようが、無理をせずに「傾」を行うことは100%不可能です。
正確な姿形でなければ、幾らリキまないように保とうとしても不可能である。故に、リキまないように努力するのではなく、リキまないで済む姿勢を探す努力をすることである。過誤体位に気づき、それを修正し、リキまずに済む「正確な姿形」を身につける努力が、即ち体位練習である。
『ヨガの太陽礼拝』P79 太陽礼拝 1.部分の体位 より
2−2.屈
自然と起こる前屈、後屈、側屈など「屈」の姿勢には、「傾」の要素はわずかばかりも入っていないため、筋肉はリキまず、全体一致の自然な姿勢になります。次の3つの絵図は拙著『ハタ・ヨガの修行法』の中で、前屈、後屈、側屈の自然体位として示したものです。
絵図1.前屈の自然体位
絵図2.後屈の自然体位
絵図3.側屈の自然体位
では、「鼠蹊」に注目して一つずつ見ていきます。
① 前屈
絵図1は、正しい前屈姿勢です。
鼠蹊は前方に押出(おしだし)されています。
② 後屈
絵図2は、正しい後屈姿勢です。
鼠蹊は後方に引入(ひきいれ)されています。
③ 側屈
絵図3は、正しい左側屈姿勢です。
鼠蹊は左方に移動(正確には後方に引入されつつ)しています。
以下のイラストは、「傾」と「屈」の違いを解りやすくするために、腕と首を省いて大雑把に表現したものです(もちろん、実際には腕の状態も重要です)。
「傾」の姿勢:無理
1.前傾
2.後傾
3.側傾
「屈」の姿勢:自然
1.前屈
2.後屈
3.側屈
3.自然と癖(無為と人為)
多くの日本人は、体育の授業、ラジオ体操などから始まり、健康体操、ストレッチなどまで、「傾」の姿勢が身に染み着いています。ですから、尾山ヨガ教室で「屈」の姿勢を行おうとしても、その「傾癖」が前面に顔を出してきます。前屈しようとすれば鼠蹊が後方へ移動してしまいます。後屈しようとすれば鼠蹊が前方へ移動してしまいます。左側屈しようとすれば鼠蹊が右方へ移動してしまいます。
あたかもそれが自然と起こるかのように。
ですから、初めは「いやいや、こっちの方が楽だし自然でしょう。先生の言っていることの方に無理がある」と思わずにはおれず、癖を自然と判断する方もいらっしゃいます。しかしながら、無理が自然と起こることはあり得ないのです。言葉(頭脳)からしても、道理(身体)からしても、それは矛盾しているのです。
しかしどなたでも、自然な姿勢ができるようになった後には、これまでの姿勢がどれだけ無理をしていたのかを自覚できるようになります。比較することによらなければ、癖か? 自然か? を判断することは難しいものなのです。
ただし、無理をする必要がある状況もあることでしょうし、身体にはある程度「無理をできる余白」も備わっているはずです。そういう観点からすると、無理もまた身体の一つの機能と言えるでしょうか。
古来、ハタ・ヨガ行者は、身体に備わっている「無理をできる余白」を絶え間ない修練によって、徐々に徐々に拡大していくことこそ人生の自由を獲得する方法なのだと勘違いし、あげく、可能な限り自身の能力を高めようと、空中浮遊、予知能力、不老不死、テレパシーなどの超自然的能力までも手に入れようとする方向へと発展していったのかもしれません。
「正しい姿勢」でもお話をしましたが、自身の能力を拡げていく道は、ヨガとは正反対の道です。それは外側への道であり、必要以上の能力の拡大は同時に苦痛の拡大をもたらすだけなのです。外側への関心を離し(離欲)、内側に関心を向ける(修習)という内側への道こそが、人生から苦痛を除去するただ唯一の道であり、それこそがヨガなのです。
4.無為自然
このように尾山ヨガ教室では、どの体位も一般的な形体とは異なる独自の形体ですが、これらは個人的、人為的に「考えた」訳ではありません。もちろん一般的な体位を参考にしているので、そういう部分では考えたところもあります。しかし根本的には、これらは身体に自然と「起こる」だけなのです。
● 自然体位(無為による全体一致) 無理を「しない」姿勢が自然体位である。何も「しない」でも、部分の変化に協力して全体が変化する姿勢が自然体位である。即ち、勢力の流れを邪魔することを「しない」ことによって、自ずから然りと収まる姿勢、それが自然体位である。
『ヨガの太陽礼拝』P30 1.調身行法 より
ですからそれは、合理(有機的、自然的、全体的)に基づく身体の使い方、姿勢であり、無理(機械的、人為的、部分的)を強いるストレッチや筋トレ、あるいは体操の類とは似て非なる身体の使い方、姿勢であり、根本的に異なるのです。
尾山ヨガ教室の体位は、無為ゆえに自然な体位なのです。